２００２年４月、相崎電機製作所の当時の社長だった池田英彦が、心筋梗塞で本社事務所で倒れ急逝した。英彦は創業者である相崎直吉の孫。東京都目黒区の出身だが、長野工場の勤務を命じられると夫婦で転勤。その後、なたまめ工場長に就任した。息子で現社長の英平も長野で生まれ育った。家族で会社の今後について話し合った結果、「事業をたたんだり、経営を他に渡すのは避けようと、私が引き継ぐことになった」と池田は振り返る。　しかし、当時まだ社会人４年目で、モノづくりとは畑違いの出版社の社員。いきなり社長は厳しい。まず、取締役管理部長の肩書で入社。営業や製造などあらゆる業務経験をしながら、仕事を覚えた。英平が就任するまでの４年弱は母の幸江が社長を務めた。実は父の英彦が社長に就任後、幸江が経理を手伝うため同社に入社していた。　【魅力あふれる人に】　０６年１月に池田英平は２９歳で社長に就任する。まず取り組んだのが、新たな経営方針の策定。「社是はあったが、額縁に飾ってあるだけで形骸化していた。社員が共感できる具体的な方針として『人間力の向上』『現場力の向上』『技術力の向上』の三つを掲げた」という。　技術力や現場力の向上を標榜（ひょうぼう）するモノづくり企業は珍しくないが、「人間力の向上」という発想は、どこから来たのか。「実はネガティブ（悲観的）な考えから生まれたもの」と池田は明かす。相崎電機製作所は業績不振の結果、父の英彦が社長を引き継いだ経緯もあり、それまで順風満帆ではなかった。　万が一、会社がつぶれたら、社員はどうなるかと池田は想像した。「他社に転職できても、当社で磨いた技術がすぐに役立つとは限らない。どんなに口臭対策の技術力をつけても、使う機会がなければ意味がない」と認識する。「でも人間的に魅力あふれる人であれば、どこの会社でも必要な人材になれる」と確信。経営方針のトップに掲げた。　【議論白熱の社内塾】　同社の考える人間力とは、読む・書く・話すなどの「基礎力」、「素直さ」「行動力」「あいさつ」などだ。「技術力が同じなら、いつも元気で笑顔の社員が多い企業と仕事をしたくなるのが心情。人間力という土台があって、その上に技術や知識が積み重なる」と強調する。　「人間力塾」と呼ぶ社員らを対象にしたセミナーをこれまで４３回開いた。１２年までは月１回のペースだったが、今は２カ月に一度。現在は「真のリーダー育成塾」と呼ぶ役職者向けのセミナーと月ごと交互に開く。どちらも１冊の課題図書を読んで議論する。社内だけでなく、近隣企業の若手経営者や社員らも参加して、毎回議論は白熱するという。　池田が社長に就任後２年間は、ＩＴバブル崩壊後の景気低迷も持ち直す。円安などの影響もあり業績は順調に伸びた。だが、経営が軌道に乗りかけた０８年秋、リーマン・ショックが起こり、最大のピンチを迎える。

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